大きな筆で書かれた看板の文字。
その文字の力強さに惹かれ、ぶらりと鎌倉にある陶器屋さんに入ってみました。
振る舞い方も分からず、ぼんやり歩きまわっていると、
お店の奥の一角から、あたたかい熱が放たれているのを感じます。
近寄ってみると、土が息をしている、備前の急須たちでした。
しっかりとした取っ手と注ぎ口が、大きめの急須のバランスをとっている。
素朴な黄土色の素地の上を、夕焼けの色が意志をもって大らかに流れている。
両手を少し離して持つと、しっくりと馴染む土の感触。
ざらざらしているけれど、けして手のひらに引っかかることはないー。
「これは、すごいよ」
お店の男性が声をかけてくださいました。
「見てごらん、この急須の蓋。1ミリたりともずれないのが職人技なんだ。それに」
蓋をとります。
「中を触ってみて」「…ざらざらしてますね」
「そう、ざらざらしてるのに茶葉はまったくひっかからない。
丁寧に丁寧に、職人たちが穴䆴で焼き上げたんだ。
こういうのを”焼きがいい”っていうんだ。
この色合い、形、技術。日本の宝だよ。
だけど、最近の人はこんなに素晴らしいものがあるのに、知らないね。
伝えたところですぐに忘れて、自分たちの日常に戻ってしまう」
明るい声の調子はそのままで、表情だけはわずかに曇ったようでした。
「よい備前焼っていうのはね、使っているうちにどんどん色が綺麗になるよ。
本物のよさってのは、使い続けているうちに分かるんだ。
…いらっしゃい!七五三だね、おめでとう!」
わたしは、黒い七五三の衣装に包まれた男の子の笑顔と、急須の夕焼けの色を目に焼き付けてお店をあとにしました。
長尾美奈子